ニュース
【デイリーニュース】vol.08 『揺れるとき』サミュエル・セイス監督、キャロリーヌ・ボンマルシャン プロデューサー Q&A
自分の世界を変えようとしているすべての子どもたちへ
前列左から『揺れるとき』のキャロリーヌ・ボンマルシャン プロデューサー、サミュエル・セイス監督
国際コンペティション部門『揺れるとき』は、ドイツとの国境近くフランスのロレーヌの町フォルバック出身のサミュエル・セイス監督、2本目の長編映画。ロレーヌ郊外の貧しい地域で、シングルマザーの母、兄、妹と暮らす、優秀で感受性豊かな10歳のジョニーが、ときに家族とぶつかりながら、さまざまな事象に関心を寄せ、成長していく姿を描いたドラマだ。
シングルマザーの母親の代わりに幼い妹の世話をしているジョニーは、ある日、都会から赴任してきた男性教師アダムスキーに、詩の朗読や美術鑑賞のイベントなど触れたことのない文化的な世界を教えられる。解放されたジョニーの知的好奇心は、恋愛感情をも刺激する。ジョニーの気持ちはアダムスキー先生にストレートに向かうが……。
Q&Aに登壇したサミュエル・セイス監督はまず、本作で何を描こうとしたのかをあいさつ代わりに語った。
「これは社会的な階層を変えようとする少年の物語です。描きたかったのは、いま自分がいる階層を切実に抜け出したいと願った少年の最初の一歩。赴任してきた先生が別な階層の世界を少年に見せたことで、自分には他の人生もあることに気づくのです」。
本作では、多感な少年の成長や恋の目覚めを主題にしながら、ヤングケアラーやLGBTQの子どもといった現代的な問題も描く。
「子どものセクシャリティの問題はとても難しく、また子どもにその役を演じさせるのも非常にセンシティブなことだと思っています。リスクを冒さないよう細心の注意を払いましたが、一方でこのテーマを描く重要性も感じています」。
ジョニーを演じたのは、映画初出演となるアリオシャ・ライナート。ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』(71)でタッジオを演じたビョルン・アンドレセンを少し彷彿させる。
「アリオシャがいなければ、この映画は成立しなかったと思います。アリオシャは物事を茶化すような子ではなかったので、この映画で描きたかったテーマをつまびらかに説明しました。彼は若いですが、精神的に大人な部分があり、性の目覚めについても理解していた。私はそれをまだ理解していない子に、無理やり演じさせたくなかったので、彼はぴったりでした。決め手になったのは、彼の親がプロジェクトに理解を示していたこと、そして彼自身も演技をしてみたいと思っていたこと。アリオシャはアドリブで返すことができ、悪ガキというか、大人の顔色をうかがうこともない意志を持った子でした。中性的で天使のような容貌を持ちながら、内面は強くてパワフル。そのコントラストもこの映画に適していると思いました」。
多くの応募者から長い時間をかけて選ばれたアリオシャは、子役ではなくダンサーだ。ダンサーであることはセイス監督が出したオーディションの条件の一つだった。
「条件にダンサーと明記したのは、他の人がどう思おうが気にすることなくダンスができる子が欲しかったからです。アリオシャは自分の肉体を恥じらうことがなく、体の動きで表現することができた。体をどう動かせば、どんな感情を表現することができるのかよく理解していたのです。彼の演技はとてもエレガントに見えるでしょう?」。
2014年に、引退後の身の振り方に悩む60歳の“パーティガール”を描いた『Party Girl』で、カンヌ映画祭ある視点部門でカメラドールとアンサンブル賞を受賞した注目の作家であるセイス監督。『Party Girl』の舞台も、『揺れるとき』同様ロレーヌ郊外で、どちらの作品も自伝的な部分を含んでいるという。
「自伝的な要素を織り込んだ作品を撮る際は、体験に忠実でありたいと思っています。私もジョニーのように、いつも家族に違和感を抱いており、そこから抜け出したかった。でもそうしようとすると、家族を裏切っている気分になるのです。でも自分には自分の人生がある。だから努力して夢を掴もうとするわけですが、家族の中にはずっと経済的苦境から抜け出せない者がおり、私も小さい頃からそれを目の当たりにしてきました」。
セイス監督の映画作りには、監督の人生が色濃く織り込まれている。それを忠実に描くために、どちらの作品にもロレーヌ郊外の低所得者地域の人々を“登場人物”として多く起用している。
「本作でも、先生と彼の恋人以外はプロの俳優ではありません。低所得者地域に住む人々の起用が重要だったのは、他の地域とは異なる独特な体の動かし方や話し方が必要だったから。彼らにはシーンのシチュエーションだけ伝えて、アドリブで演技をしてもらい、何を言うかは彼らに委ねました。もしどうしても違う場合は何テイクか撮り直しながら。もし現場でアクシデントが起きたとしても、私はその場で彼らが抱いた気持ちをスクリーンにとどめたいと思うのです」
苦境から抜け出すための一歩を踏み出そうともがく「10歳のジョニーにアドバイスがあるとしたら」と問われたセイス監督は、「心配しなくていいよ。たとえ離れても家族の絆が切れることはない。私が映画を撮るとき、いつも自分の地元を舞台にしているのもその一つなんだ」。
セイス監督はきっと、この映画を世界中のジョニーのような子どもたちに届けたいのだろう。
「苦境から抜け出せない家族との間にも愛情はありますが、葛藤は永遠に続きます。でも私の母親は、『自分の欲求や欲望に正直になりなさい。自分が求めるものをつかみなさい』と言ってくれました。『家族が足かせになってはいけない』と。誰でもいい息子でいたいし、家族のレガシーを受け継ぎたい。でもそうはならないこともある。何が大切かというと『自分自身の自由をつかみ取ること』。それが伝わればいいなと思っています」。
『揺れるとき』の次回上映は7月21日(木)14時20分から映像ホールで行われ、ゲストによるQ&Aも予定されている。オンライン配信は7月21日(木)10時から7月27日(水)23時まで。