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【デイリーニュース】Vol.13 『ヒエロファニー』マキタカズオミ監督、工藤孝生Q&A

変調に変調を重ねて深まる不穏と緊張感を見る

ヒエロファニー』マキタカズオミ監督(右)、工藤孝生(左)

 

ヒエロファニー』のマキタカズオミ監督は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭に縁の深い監督。2013年『アイノユクエ』、2015年『これからのこと』、2019年『産むということ』は、いずれも短編部門にノミネートされている。今回は初長編作品で、見事、国内コンペティション長編部門にノミネートを果たした。本映画祭の上映がワールド・プレミアとなる。7月18日(火)に映像ホールで上映後行われたQ&Aには、マキタカズオミ監督と、キーパーソンとなる青年・辻村を演じた工藤孝生が登壇した。

 

臨床心理士の詩織は娘の自殺を止めることができなかった。クリニックを辞め、1年後、図書館で無料相談を始めた詩織のもとに神父の長谷川が現れ、信徒の辻村という青年と会ってくれないかと頼まれる。教会に出かけ、挨拶を交わしたものの、辻村は話もせずに立ち去ってしまう。その日から辻村は教会に姿を見せなくなった。やがて、彼らは静かに「異変」に巻き込まれていく……。

 

短編で3回ほど本映画祭に登場しているので、観客の皆さんにもおなじみの監督。「短編も見ているんですが、今回はホラーってことでいいんでしょうか……。この映画を作ろうと思ったきっかけを教えてください」と、質問者も慣れたもの。

 

「ホラーですか……。そうですね、もともとホラー好きなんです」と監督。現在、ディレクターとして「ほんとにあった! 呪いのビデオ」や心霊番組の演出を担当しているという。

 

「舞台になった教会は、別の仕事で撮影に訪れたことがあった実在する場所です。いい感じだな、ここで何か撮れないかな、と思っていた場所。僕は演劇もやっているんですが、劇団の公演を8年もやっていなくて。そろそろ再開したいな、本公演の前にまず短いのをやってみるかなと思っていたところでコロナ禍に入った。それで演劇の代わりにその教会を使って、映画を作ったわけです」

 

教会を舞台に、信徒の青年、手伝いの女性信徒、神父、臨床心理士が「異変」に巻き込まれていく、という展開。よく撮影の許諾が取れたものだと誰もが思うだろう。

 

「神父さんに説明したら分かってくれまして(笑)。脚本を持って行って、どういう意図でこれを書いたのかといちいち説明したわけです。僕は信徒ではありませんが、聖書を読むのは好きなんですよ。その中で一番好きなのがヨブ記。これが不条理な話なんです。

 

サタンが、信心深くて裕福な牧場主ヨブという人を知る。で、神様に言うんです。『あのヨブという男、富を得るためにあなたを信じているんですよ』と。神様は『そんなことはない』と言い、試しに牧場の牛を殺します。でもヨブの信心は変わらない。次にヨブの子どもを殺す。それでも信心は変わらない。サタンは『これならどうだ』とヨブに腫瘍を与える……という話。『これを基にした映画です』と神父さんに話したら、『面白いね』と言ってくれて撮影許可が下りました。

 

もちろん、撮っていいところとダメなところ、いろいろ制限はありました。でも敷地内のほかの建物も使わせてもらったりして、かなりのシーンが撮影できました」

 

詩織役や長谷川神父役は演劇つながりでの起用だが、辻村を演じた工藤はオーディションでの参加になる。

 

「最初の役のイメージはだいぶ違う感じでした。監督の話では『不思議な役をやって欲しい』だったんですが、現場へ行ったら特殊メイクもした。こんな感じなんだ……と思いました(笑)。辻村について言われたのは、サイコパスにならないように、と。死について悩んでいる普通の青年。自分、そして他人に死をもたらしたいという衝動があるけれど、見たところはサイコパスではない。そのあたりを監督と深堀りしていき、一つひとつの行動を作り上げていきました」

 

臨床心理士の詩織を主役にしたトラウマからの再生の話かと思っていると、舞台が教会に移ったあたりから話がホラーっぽくなっていく。見る人は戸惑うかもしれないが、それも監督の思惑通りなのだそう。観客が詩織をヒロインだと思って共感や同情を寄せようとしたりするのも仕掛け。臨床心理士の存在は、すなわち科学への不信を描く監督の演出なのだという。

 

監督の主眼は、『ヒエロファニー』というタイトルにも表れている。

 

「もとはギリシャ語からきた言葉で『ヒエロ』には聖なる、『ファニー』には現れるという意味があります。聖痕というとオカルトっぽいので、“聖なるものの現出”について論文を書いた人が作った造語、ヒエロファニーにしました。この言葉は今、宗教学上の用語になっています。タイトルは『聖なるもの』でもよかったんですが、それだと分かりやすすぎると思い、こちらにしました。

 

臨床心理士の詩織は、人の悩みを解決する、癒し治療する仕事ですよね。それでも自分の娘の心は分からなかった。それなのに悩みを抱えている辻村を治療できると思う。結局、拒否されるわけですが。そして最後には物語からも追い出されてしまう。彼女や医者は『病気です』と片付けてしまうけれど、長谷川神父や辻村らにとっては『病気』ではなく、『ヒエロファニー』なのかもしれない。これは僕の意見ですが、道理では説明できないことを認めないのは傲慢だと思います」

 

監督は、詩織の傲慢さを、アイマスクや教会の一室の倒された椅子などのディティールに散りばめてみせる。

 

「アイマスクは、リラックスの意味と、見ることを拒否するという意味を込めています。それからあの椅子は詩織がイラついて蹴っ飛ばした、と僕は思う。細かいところを見ていただいてありがとうございます(笑)。

 

海外での上映も面白そうですね。キリスト教文化圏の人だとヨブ記と言われたら何の話かすぐ分かるでしょうから、また別の見方をするかもしれませんね」

 

ヒエロファニー』の次回上映は、7月22日(土)13時10分から映像ホールで行われ、マキタカズオミ監督、工藤孝生によるQ&Aも予定されている。オンライン配信は7月22日(土)10時から7月26日(水)23時まで。


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