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【デイリーニュース】 vol.20 『父の足あと』 マルコ・セガート監督 Q&A
戦争を知る世代、失われゆく自然の在り様をCGを使わないダイナミックな映像に託し
『父の足あと』のマルコ・セガート監督
長編コンペティション部門のイタリア映画『父の足あと』は、大きなスクリーンで映画を観る醍醐味を十二分に感じさせてくれる作品だ。雄大な自然を背景に、1950年代のイタリアの山村の暮らしが描かれる。リアリティある描写にこだわったマルコ・セガート監督はドキュメンタリー出身。本作が初の劇映画となる。上映後のQ&Aに登壇し、観客からの質問に答えた。
北イタリアのある山村で、家畜が凶暴な熊に次々に襲われる事件が起こる。周囲から蔑まれている男ピエトロは、名誉挽回のために熊退治に名乗りを上げる。それを知った息子ドメニコは、父を追って山に入るが……。
物語の舞台は1950年代ということだが、イタリア人が見てそれと分かる“記号”がどのくらい用いられているのだろうか。
「この映画はリアルな描写にこだわった」と力をこめるセガート監督。「第二次世界大戦から10年後くらいの設定で、ライフル銃やダイナマイトを使っている描写から、そのことが分かると思います。イタリアは、1960年代を境に、経済発展によってまったく別の国のような変貌を遂げるのですが、この映画の中の父親のような人物や熊は、古い時代を象徴するもの。父親は戦争を知る世代の人間を、熊は自然が失われていくことを表しているのです」
この映画で特筆すべきは、とにかく熊をはじめとする動物の姿がリアルなことだ。
「コンピューターグラフィックス(CG)や特殊撮影を行うことは一切考えませんでした。というのも、私自身そういう映画を観ると、興ざめしてしまい、映画館から出たくなってしまうので。
特に熊に関しては、偽物の熊を使うというような馬鹿げたことは考えられなかった。熊の存在もすべて自然の一部ですよね。木々の音や山の風景、すべてをとらえたかったのです。動物の死骸も随所に出てきますが、あれを用意するのも難しいことではありませんでした。剥製を作るアーティストたちが手掛けてくれました」
とはいえ、本物の熊を使うとなると、撮影は相応の困難を伴う。監督はその裏側を次のように披露してくれた。
「撮影に使った熊は2頭。(ハンガリーの)ブダペストからはるばるやって来ました。こちらの言うことは聞いてくれないので、そこは根気よく説明しました(笑)。安全に撮影を行うために、皆が守るべき決まりがいくつかありました。たとえば、香水をつけない、食べ物を持って撮影現場に来てはいけないといったこと。そうやって、熊の登場シーンの撮影には8日間費やしました。2頭いるうちの年老いたほうは、比較的言うことも聞いてくれて、牙がないのであまり怖くないのです。もう1頭の若い方は、見た目からして怖い。なので、熊の最初の登場シーンや顔のアップは若手に、動きの撮影は年老いた方の熊を使うという具合に分けて撮りました」
観客からは「虫の音が聞こえるシーンがあったが、イタリアの人も日本人と同様、虫の音に情緒を感じるのか」という質問があがった。監督からは、「イタリアでも虫は鳴いてるはずだが、その声を楽しむ情緒は日本特有ではないか」との回答。ただし、音にはこだわりを持っており、撮影後の音声の編集には7週間かけたという。「特にこの作品に関しては、セリフが少ないため、間に聞こえる音がとても重要です。虫ではなく鳥に関して言うと、山の高度を表すために、その高さで生息する特定の鳥の鳴き声を加えたりはしましたね」
セガート監督がリアリティを追求した大自然の映像のなかで、闇を抱えた父親に対峙する息子の成長が力強く描かれる。荘厳な自然と衝撃的な熊との闘いを次にスクリーンで見られるチャンスは7月22日(土)。14時から映像ホールで二度目の上映が行われ、セガート監督も再びQ&Aに登場する。