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【デイリーニュース】Vol.05『連れ去り児(ご)』カラン・テージパル監督 Q&A

スリリングな追体験で訴えかける94分のインド映画

カラン・テージパル監督『連れ去り児(ご)

 

7月14日、14時より映像ホールにて上映された国際コンペティションの2本目はインド映画『連れ去り児(ご)』。インドでは子どもや乳児の誘拐や連れ去り事件が頻発し、社会問題になっているという。監督は実際に起きた乳児誘拐事件を題材に描き、社会派エンターテインメントとしてこの問題を多くの観客に訴えかける。

 

あるインドの田舎町。駅のホームで寝ていたジュンパ・マハトの元から赤ん坊が連れ去られた。疑われたのは、現場に居合わせたラマン。再婚式をする母に頼まれ、弟ラマンを迎えに来ていた兄ゴゥタムもこの騒動に巻き込まれる。赤ん坊は誰が連れ去ったのか、その目的は? 赤ん坊は本当にジュンパの子どもなのか? あてにならない警察、兄弟を犯人だという情報がSNSで拡散され、追ってくる見も知らぬ人々の群れ。サスペンスがミステリーに、バイオレンス・アクションにと二転三転する物語。94分という短い時間に様々な要素が詰め込まれ、見事なエンターテインメント映画になっている。

 

客席からは、濃厚かつスリリングな作品だったという絶賛の声や、SNSで兄弟を犯人だと信じ込んだ村人が追いかけてきて暴徒化するが、それはSNSの怖さだけでなく階級の断絶や憎しみがあっての暴力なのかという質問があがった。

 

「階級差による憎しみは、SNSの悪影響だけではありませんし、インド社会の階層に対する不満も確かにあるでしょう。しかしそれ以上に彼らは自分たちに社会的な力がないことに怒っているのです。例えば彼らの階級で誘拐事件が起こっても政府は対応してくれない。自分たちで解決しなくては誰も助けてはくれないというフラストレーションがたまっていて、いっそ自分たちで正義を行おうと自警団化するのです。自分たちの仲間の子どもが誘拐されたならば、自分たちで犯人を痛めつけてやりたいと思うのです」

 

インドでは子どもの誘拐や連れ去り事件が多く、暴徒化した人々も連れ去られた赤ん坊を“俺たちの子”だという。

 

「本作のためにリサーチした数字を申し上げましょう。22年度で5万人の子どもが行方不明になっています。1日に150人ですよ! そして事件のほとんどは地方で起きています。そこで、この映画の舞台も地方の村。一週間前に子どもが行方不明になったことで、村人たちは怒り、興奮して熱くなっていると設定しました。だから村人たちは犯人だと思っている兄弟に対して“俺たちの子”と言うのです」

 

兄弟が事件に巻き込まれていくという構成については、「私は観客が楽しみつつ心を動かすような映画を作りたいし、スリラーやホラー、サスペンスなどテンポが速いエクストリーム系のジャンル映画が好き。できるだけ広い層の観客に、私が注目してほしいテーマを届けたいのです。このテーマと物語は、シリアスにもっと静かな映画として作ることもできたと思います。でもサスペンス・スリラーとして作ったのは、インドの観客もジャンル映画は好きですし、ジャンル映画として作ってもテーマは伝えられると考えました」と語る。

 

インド映画というと3時間くらいの長尺で、歌って踊り、スーパーヒーローが出てくるというイメージがあるが、この作品に出てくる人物はごく普通の人々。貧しい人という設定の人たちもスマホを持ち、SNSをやっている。

 

スマホで視聴するような人たちにも見やすいように3時間ではなく94分にしたのかとう質問には、「ボリウッドの映画が長尺なのは、そうですね。大衆は3時間つらい人生を忘れたいから映画館に行くのです。私は現状を訴える映画を作ることができれば、3時間でなくてもいいし、90分でなくてもいい。どちらにしても私の作品には歌や踊り、スーパーヒーローは必要ありません」と答えた。

 

客席には “Jホラーの先駆者”鶴田法男監督の姿もあり、「インドでは、テーマ性を持ったホラーやスリラー、サスペンスを作ることに困難を感じることはありますか? 日本ではただただ怖がらせるように要求されるのですが」と日本との違いについて尋ねた。

 

「インド映画は、伝統的にホラーやスリラーというジャンルが少ないので、そこにテーマ性を入れるのはさらに難しい。ホラー映画やエンターテインメント映画にテーマ性を持たせたいとプロデューサーやスタジオを説得するのは至難の業だと思います。でも、それを確信犯的にやろうとする監督も何人かいます」

 

この数年、インド映画にはさらに世界の注目が集まっているように思う。監督自身はどう感じているのか。

 

「確かにインド映画が注目されていると感じています。カンヌ、ベルリン、ヴェネチア、トロントなど各国の映画祭に、インド映画が20~25本選ばれるようになりましたし、今年のカンヌ国際映画祭のコンペティションには、30年ぶりにインド映画が選ばれ、グランプリ(“All We Imagine as Light”パヤル・カパディア監督)をとりました」

 

最後に、「インドは広い国で人口も多く、カーストや階級があり、貧富の差もあります。けれどそういう違いを乗り越え、社会が一つになって進化していく、前進していくことが大切だと思います。それには互いに共感することや理解し合うことが必要です。映画はその可能性を描いたり、どうすればいいのかを考えたりするきっかけになると思うのです」と映画への思いを伝えた。

 

連れ去り児(ご)』の次回上映は7月17日(水)16時30分から多目的ホールで行われ、ゲストによるQ&Aも予定されている(本作は作品権利上の都合により、オンラインでの視聴はございません。)。

 

取材・構成:まつかわゆま 撮影:松村薫


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