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【デイリーニュース】Vol.16『マリア・モンテッソーリ』レア・トドロフ監督 Q&A

女性には、自分自身になるために家を離れざるを得ないことがある

マリア・モンテッソーリ』レア・トドロフ監督

 

国際コンペティション部門のレア・トドロフ監督『マリア・モンテッソーリ』は、シンガーソングライターのテイラー・スウィフトや棋士の藤井聡太、教育者のヘレン・ケラーやアン・サリヴァンらが学んだことでも知られる、モンテッソーリ教育の生みの親マリア・モンテッソーリの物語。彼女がメソッドを獲得するまでの人生を力強く描く実話の映画化だ。

 

ローマ大学で医学を学び、同大学にて女性初の医学博士号を取得したマリアは、1898年に息子を出産する。息子の父親であるパートナーのジュゼッペ・フェルッチオ・モンテサーノとともに、障がい児教育者養成機関を成功させるが、資金を動かせるのは彼だけ。無給で働くマリアには、未婚のまま産んだ息子の教育も、成し遂げたい事業の推進も、なに一つ自由にできるものはなかった。状況を変えたいと願う彼女に突きつけられたのは、当時の女性が幸せと考えるものすべてを手放すこと。何もかも失ったマリアは、フランス人高級娼婦リリと連帯し、自立を可能にし、心の自律性を信じる教育法を確立していく。

 

マリア・モンテッソーリを演じるのは、『息子の部屋』(01)で亡くなった少年の姉を演じたジャスミン・トリンカ。同じ年で、昔からジャスミン・トリンカの出演作を見てきたというトドロフ監督は、22歳のときの出演作『輝ける青春(La meglio gioventù)』(03)で電気ショック療法を受けるキャラクターを演じた彼女だからこそ、いま逆のキャラクターを演じてもらうことに意味があるのだという。つまり社会の片隅にいる人たちの権利と自由を訴えるマリア・モンテッソーリこそ、逆境から抜け出した存在なのだと。「自分のデビュー作に、出演してもらえてとても光栄です」とトドロフ監督。

 

モンテッソーリのもとで学ぶ障がいを抱えた子どもたちの役は、同じ立場の子どもたちが演じている。「でもこれはフィクション映画ですので、カメラがあって、照明があって、衣装を着て、演技をするのだとわかってもらった上で演出しています。カメラの存在を忘れてもらうのではなく、自分たちは芝居をしているという意識をしっかり持ってもらいました」。子どもたちの台詞は、イタリア語。でも彼らはフランス人なのだそう。「彼らは、母国語ではない言語で、イタリア人の子どもを演じた俳優であるわけです」。

 

映画では、息子やパートナーと離れたモンテッソーリが、大学で講義をする姿、子どもの家を開設する様子などが描かれる。その活動に必要な金銭的支援者を募るため、パトロンとなるベッツィの家に出かけ、彼女が傾倒するスピリチュアルなイベントにも参加する。

 

「マリアがセオソフィ(神智学)のソサエティに支援を受けていたのは事実ですし、彼女自身も神秘主義やキリスト教に傾倒していた時期があります。第一次世界大戦中は招かれてインドで過ごしたとか。ベッツィという女性には、マリアを支えた財力があり、社会への影響力もあった2人の女性を合体させています」

 

ベッツィの屋敷で行われる祝宴で歌われるのは、スピリチュアルなギリシャ語の歌。

 

「センシュアルでスピリチュアルな要素を入れることが重要なのは、果たさなければならないものとは、理性や理論より大きなものだからです。つまりマリアに影響を与えているのは、より普遍的な女性性が持つ力強さ。あのギリシャ語の歌は、女性のなかに存在するパワーを歌っています。そして、19世紀から20世紀へ、1つの時代がモダニティへと向かう転換点を意識させるものとしても機能させています」

 

そのパトロン、ベッツィを演じるのは、作家のナンシー・ヒューストン。トドロフ監督の実の母なのだそう。「天使の記憶」「時のかさなり」(ともに新潮社)などの作家であるナンシー・ヒューストンは、ロラン・バルトの指導を受け、博士論文を執筆。構造主義的文学の研究者であるツヴェタン・トドロフと結婚し、レアが生まれた。

 

「私の祖母は、マリア・モンテッソーリと同じように、母が5歳のときに3人の子どもを置いて家を出て、キャリアを追求したそうです。15年後にまた家庭に戻り、さらに子どもを産みました。マリア・モンテッソーリの息子と同じ経験をしている母にとって、この出来事はインパクトの大きい事件でした。でも女性には子どもを残してでも、自分自身になるため、家を離れざるを得ないこともあるのです。この映画は、その事実を描いています」

 

マリア・モンテッソーリ』の次回上映は7月20日(土)17時から多目的ホールで行われ、ゲストによるQ&Aも予定されている。

 

取材・構成・撮影:関口裕子


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