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【デイリーニュース】 vol.18 『市民』 ローランド・ヴラニク監督 Q&A
自分が難民になってしまったらと想像してみてほしい
『市民』のローランド・ヴラニク監督
長編コンペティション部門の『市民』は、2015年の本映画祭でも好評だった『リザとキツネと恋する死者たち』(本映画祭上映タイトル『牝狐リザ』)や、米アカデミー賞外国語映画賞に輝いた『サウルの息子』など、近年注目作を生み出し続けているハンガリーから届いた社会派作品だ。監督は、ハンガリーの巨匠タル・ベーラの助監督も務めた経験のあるローランド・ヴラニクさん。上映後に登壇し、観客からの質問に答えた。
『市民』の主人公は、アフリカから政治難民としてハンガリーにやってきたウィルソン。市民権を得るためのハンガリー憲法の試験に何度も挑戦するが、なかなか合格できずにいた。そんな時、試験対策の教師をしているマリを紹介される。勉強に打ち込むウィルソンとマリ。2人の関係には、次第に変化が生じていく。
ウィルソンにはまた、シリアから来た難民女性シリンを自宅に匿っているという秘密もあった。
冒頭からこの映画のメッセージについて問われたヴラニク監督は、「私が描きたかったのは、“人間は非常に傷つきやすい存在である”ということ」と語り始めた。「“開かれている”と謳っているヨーロッパは今、実現不可能な目標を掲げている状況にあります。日本やその近隣地域で戦争が起きたと仮定して、身ひとつでヨーロッパにたどり着いたとします。まずは言葉を習得しなければいけない、友人はいない、ルーツとしてつながるものは何一つない……。もし自分がそういう立場に置かれたらどうだろうかというふうに、想像いただけたらと思います」。
監督のもう一つのメッセージが色濃く表れるのが、本作のクライマックスといってよい終盤のあるシーン。ウィルソンと親密になったマリが、ある行動に出てシリンを窮地に追い込む。「私がマリを通して描きたかったのは、『自分が意図していなくても、人間は人種差別をしてしまうのか?』ということです。人種問題に限らずとも、人間は自分が苦しい立場に置かれると、自分よりさらに立場の危うい人が被害を被る方向にもっていってしまう。人はそういう行動をとりがちだということを、彼女を通して描きたかったのです」
劇中、ウィルソンとシリンという2人の難民が登場するが、2人を演じているのはプロの俳優ではないという。「ウィルソン役のマルセロ(・カケ=ベリ)さんは、私が道で見つけて声をかけました。そもそも、ブダペストで俳優をしている黒人はゼロだと思います。街でコーヒーを飲んでいるとき彼が通り過ぎたので、追いかけて僕の映画に出てくれないかと声をかけました。そのとき私はスキンヘッドで、フードのついた服を着ていたので、移民排斥を訴える若者のように見えたかもしれない。彼はちょっと焦っていました」というエピソードを明かしてくれた。演技指導は困難を極めたものの、「私自身が、“彼らは難民の役として、彼ら自身でいるしかない”と気づいてから状況は好転しました」と振り返る。一方のシリン役を務めたのは、もともと留学生としてハンガリーにやって来た女性で、難民キャンプで働いていたところをスカウトしたのだという。
観客からは、欧州の難民事情に関する質問もあがった。「東欧では、今まで難民を受け入れるという経験自体なかった。インフラも整備されていないし、法律も混沌としている。入国管理局や難民キャンプを訪れて気づいたのは、法律は穴だらけで、“答えはあってないようなもの”だということ。難民が押し寄せて来て、さらに国境を越えて行く人もいますが、まず通訳できる人員を配置していない。伝えるべきことが1%も伝わっておらず、混沌が生じています。また、国の情報や難民について、真偽の定かでない話が行き交い、そこでもまた混乱が生じる。つまり、難民の命は“偶然の産物”に左右されていると言えます」と、ヴラニク監督はその絶望的な状況を説明。そして、「私が思う唯一の解決策は、難民を生み出している国に多額のお金を投入して、その国の状況をよくすること。それ以外、本当の解決はないと思います」と考えを語った。
難民問題は、私たち日本人にとっても、決して対岸の火事ではない。それを考えさせてくれる作品『市民』は、7月22日(土)10時30分からも映像ホールで2度目の上映が行われ、監督によるQ&Aが予定されている。