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7月20日(金)
SKIPシティ・セレクション『春、一番最初に降る雨』 佐野伸寿監督 Q&A
「世界中それぞれの場所に、それぞれなりの幸せがあるのかもしれません」

佐野伸寿監督


 カザフスタンを舞台に自然と寄り添いながら暮らす一家を描いた『春、一番最初に降る雨』は、スクリーニングパートナーの協賛による「SKIPシティ・セレクション」としての公開となった(本作のパートナーはしまむら)。監督・脚本は、日本人の佐野伸寿氏とカザフ人のエルラン・ヌルムハンベトフ氏。


 今回Q&Aに登壇した佐野監督は、1994年に在カザフスタン大使館に文化担当官として勤務した経験を持つ人物だ。これまで『ラスト・ホリディ』や『ウイグルから来た少年』などカザフスタンが舞台の映画をプロデュースしており、カザフスタン文化を深く理解する監督ならではの活動を続けている。


 一家に長く身を寄せているシャーマンのジェルゲリ婆さんが、自らの死と転生を予告することから物語は始まる。ジェルゲリ婆さんはアルタイ族の設定であり、演じている人物も実際のアルタイ人だ。


 「カザフ人の多くはイスラム教だが、アルタイ人にはシャーマニズムが強く残っており、輪廻転生の概念も自然に存在している」と佐野監督は語る。作中に登場する鳥の羽根や牛乳、馬といったモチーフも、アルタイ人における輪廻転生のイメージを示すものとされている。


 「アルタイ人には『どう死んだら次にどう生まれ変わるか』という概念が当たり前にあるようです。『次に生まれ変わるためにどうやって死を迎えるか』ということを、踊りや祈りで表現していますね」


 「私は明日死ぬ」と、ジェルゲリ婆さんは実に淡々と口にする。そして生まれ変わり、一家の長男アスハットの嫁になると。翌日、一家の主クナイシュとその妻ダナグリは、予告通りに他界したジェルゲリ婆さんを言い残された場所に葬るため家を出る。このクナイシュを演じているのは、佐野氏と共同で監督を務めたヌルムハンベトフ氏だ。


 「出演女優は彼が決めたのですが、妻を演じているのはプロの女優さんなんです。そこで夫役を素人にするといろいろ合わなくなってしまうので、『なら自分で夫を演じなさい』と。最初は嫌がっていましたがどうも目覚めたようで、いまでは『俳優としてやっていきたい』なんて言ってますね(笑)」


 一家の3人の子どもたちは、近くの小学校でオーディションを行なった。その他、作中に登場する警官は元警官の撮影スタッフ、税金徴収官役は実際の役人が演じている。撮影地は首都アルマトイから約400km離れた場所だが、この近くをよく訪れていた本作のカメラマンが、道路脇にぽつんと建っている家を何かで使いたいと考えていたという。


 「最初に台本を書いているときは、僻地の悲惨で苦しい生活を送る人たちの話を考えていました。ですが、撮影前の準備で2週間ほど現地に滞在したらとても住み心地が良くて、実際に住んでいる人たちも『他の土地に出て行きたくない、自分のいまの普通の生活で充分だ』という感じなんですね。こういう場所に暮らすことはいろいろ不便もありますが、ひとつの天国というか、我々では感じられない理想郷の世界があるのかなと。世界中それぞれの場所にそれぞれなりの幸せがあるのかもしれないと考え、主題がどんどん変化していったんです」


 大自然に寄り添って暮らす家族とシャーマニズム信仰、そしてそこに訪れるロシア人の旅行者。彼らが織りなす物語には、人と人をつなぐ不思議な縁や死と再生が静かに表現されていく。監督とこの場所の出逢いもまた、その不思議な縁だったと言えるかもしれない。死と再生、そして出逢いを経る一家を見守る存在は、広大な自然のみ。現代社会の騒々しさにまぎれて忘れがちな人間の普遍的な営みが、非常にやさしく、また瑞々しく描き出された一本だ。


 SKIPシティ・セレクション部門では、9月15日(土)から約2カ月間、SKIPシティ特設会場で公演を行う木下大サーカスが協賛した『LiveSpire ミラノ・スカラ座オペラ「カルメン」』が19日に上映されている。次回の上映は、21日(土)15時40分から映像ホールでの『ミニミニ大作戦』(セントラル自動車技研)。

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