【デイリーニュース】 7月13日(土)
vol.06 『春夢』中国映画界の検閲と闘う女性監督の挑戦
ヤン・リーナー監督Q&A 「映画は自由で独立した表現であるべき」
鮮やかなオレンジのドレスのヤン・リーナー監督と録音を担当したチャン・ヤン氏
特集上映「ロッテルダムDAY」のラストを飾ったのは、紅一点のヤン・リーナー監督による刺激的な問題作『春夢』。もともとバレリーナや女優として活躍し、ジャ・ジャンクー監督の『プラットホーム』に主演(ヤン・ティエンイー名義)したこともあるヤン監督。本作はドキュメンタリー作品で映画監督としてのキャリアをスタートさせた彼女が初めて長編フィクションに挑戦した一本である。今回は録音スタッフを務めたチャン・ヤン氏も来日し、ともにQ&Aに登壇した。
優しい夫と可愛い娘に恵まれて幸せに暮らす主婦のレイ。しかし夫とのセックスレスな関係に欲求不満を感じていたレイは、彼女を襲った謎の男と肉体関係を重ねるようになる。顔を見ることも体に触れることもできない、夢のようなその男との快楽に溺れるうちに、レイと家族の日常は少しずつ壊れていく……。虚実の曖昧なストーリーに加え、ドキュメンタリーからエロティックな描写まで様々な要素の入り交じる作風に、客席からは「何が言いたいのかよくわからなかった」という率直な感想も上がった。
「私は女性の監督として映画を撮ることで、中国の女性たちの代弁者になりたかったのです。常に男性が権力を握って社会をコントロールしてきた中国で、性の話題は、特に女性にとってタブーとされています。でも私は性欲も他の欲望と同じように堂々と議論されるべきテーマだと思いました。“夢”というモチーフを使ったのはひとつの手段で、それを通して中国の経済発展にともない女性たちが感じているプレッシャーを表現したかったのです。私が監督するからには一個人の夢ではなく、中国の女性たち全体の真実の欲望を描こうと思いました」
女の自分と、妻であり母である自分との間で葛藤するレイは、次第にそのバランスを崩し、仏教に救済を求めるようになる。大勢の僧侶や信者が入り乱れて行われる儀式のシーンは、一種のトランス状態のような異様な空間として描かれている。
「今日の中国の経済レベルはかなり高いと言えますが、国民の心は怯えています。寺はそんな中国社会の縮図でもあります。中国にも仏教信仰はありますが、その実情を目にする機会は多くありません。なかでも本編に登場する人々は特に熱狂的な信者です。あの寺や信者たちは妙な存在に見えたでしょうが、まさにその通りで、経済発展の一方で今の中国にはそうした不思議な文化もあるのです」
ドキュメンタリー出身のヤン監督は、そうした中国社会の実情を生々しく、かつ効果的に表現するために、驚くべき方法を試みていた。
「本作を撮るより前の2007年に、私はあの寺でドキュメンタリーを撮影しました。この映画に出てくる寺の施設や、お坊さんや、信者たちは、すべてそのときに出会った実在する本物の人たちなのです。寺でのシーンは、実際にあるその寺の中に、役者に入ってもらって撮りました。それも含めて撮影では確かにドキュメンタリーの手法を取り入れました。というのは、脚本は2ページの紙切れのみで、劇中のすべてのセリフや芝居は現場で即興で演じてもらったのです」
同行したチャン氏はジャ・ジャンクー監督の全作品で録音を手がけており、ヤン監督とは『プラットホーム』の現場で出会って以来のつき合いだとか。ちなみに『春夢』の音楽も『プラットホーム』と同じ日本人アーティストの半野喜弘が手がけているが、性や宗教のタブーを大胆に扱った本作が中国の検閲をパスする可能性はほとんどなく、本国での公開予定は今のところないという。
「中国の映画検閲制度には理解しがたいところがあります。たとえば「鬼」や「霊」を扱うのはいけなくて、「妖怪」ならば大丈夫ですが、それがどうしてなのかはとても謎です(苦笑)。ですが映画は自由で独立していなければならないと思います」
監督として、女性として、あくまでも真実に迫ろうとするヤン監督の挑戦は続く。