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【デイリーニュース】vol.08「短編①」『恵子さんと私』『野ざらされる人生へ』『A nu / ア・ニュ ありのままに』『ミミック』 Q&A
人生の岐路に立たされた主人公を描いた短編4作
『短編①』左から高濱章裕監督、沖田裕樹、古賀啓靖監督、漆畑みなみ、山本裕里子監督、ジョニー高山、永里健太朗監督
15分以上60分未満の作品を対象とした国内コンペティション短編部門。今年は205本の応募作から8作品が選出され、4本ずつ上映された。『短編①』は、正解のない人生を受け入れ、安息を求めてもがき苦しむ、等身大の人物を描いた4作品、『恵子さんと私』、『野ざらされる人生へ』、『A nu / ア・ニュ ありのままに』、『ミミック』が集められた。1回目の上映には多くの人が来場し、ほぼ満席。上映後のQ&A、撮影会も盛況に行われた。
『恵子さんと私』は、ヒト型AIの故障を通じて記憶と自己同一性に関する問いを投げかけるSF作品。感染症の蔓延を機にヒト型AIの利用が一般化し、日本の小山家でもAI「野上恵子」が娘の愛理の教育と家事を長年に担ってきた。しかし、“恵子さん”に不具合が生じ始めて……。Q&Aでは山本裕里子監督と愛理を演じた漆畑みなみが登壇した。
作品が生まれたきっかけを問われた山本監督は、「保育をするヒト型AIという設定がまずありました。これは家庭内の仕事を機械にやらせる場合、保育や育児は表情や言葉遣いなどのコミュニケーションを教えることなので、人間そっくりであることが必要だろうと考えたからです。また、住み込みの乳母や教育係がいる家庭で育った子どもにとって、彼らは愛着の対象であり、分かれるのがつらいという話を聞いたり読んだりしたことがあり、それらイメージをあわせてこの話を作りました」と発想の種を明かした。
作中、ヒト型AIと心の触れ合いを表現した漆畑は、オーディション当時を振り返り、「20年くらい乗っていた実家の車とお別れをしたタイミングでした。車は人ではなく、機械ですが、愛着を持っていてお別れの際には涙が止まらなくて……。そのときにオーディションの話をいただいたので、AIに育てられた愛理に共感しました」と、AIに抱く心情が決して非現実的な話ではないことを共有した。
『野ざらされる人生へ』は、ある日突然別人に変わるという不条理な出来事を契機に自らの人生に直面することになった男を描くコメディ。SNSで他人を中傷することで自尊心を保っていた“たけし”が、目覚めると別人の姿に変わっていたが、容姿は“中の中”と納得がいかない。とはいえ、以前よりマシだとナンパに繰り出すと、想像の斜め上の展開が続くことに。Q&Aでは永里健太朗監督と“中の中”のたけしを演じたジョニー高山が登壇した。
本作は全編iPhoneで撮影・編集されている。永里監督は「演劇の脚本を書いたり、演出をしたりしているんですが、コロナ禍で演劇ができなくなってしまいました。それでも何かできないかと思い、iPhoneで映画を作ろうと思い立ちました」と制作への熱意を強調。一方、「正直、iPhoneで撮影や編集をしているため、こんなの映画じゃないと言う方もいるかと思います。また、違う人に変わるとか、今までの映画(の形式)を壊すんじゃないかという考え方の人もいるかと思います。でも、これも1つの作品であって、1つの人生なんじゃないかと思っています」と心情を吐露した。
ジョニー高山は、作中自身の容姿を“中の中”と表現されたことに対して、「中の中ということでいただいたときは複雑な気持ちになりながら(笑)、ありがたいことなのでオファーをいただきました」と自嘲して会場の笑いを誘った。そして「映画も演劇も見ていただいて初めて完成するもの。一人でも多くの人に見ていただいて、見終わったあとに意見を言い合ったりしてもらえるのは、出ている側からは嬉しいこと」と感謝を述べた。
『A nu / ア・ニュ ありのままに』は、波乱に満ちたホワイトデーの一日を瑞々しいタッチで描いたCGアニメーション。お菓子作りが得意な男子高校生の千晴は、心を寄せる祐加にホワイトデーのお返しを渡そうと試みるも最後の1つをほかの女子に取られてしまう。うなだれる千晴だったが、友人の応援を受け、再びお菓子を作り始める。千晴は果たして間に合うのか。Q&Aでは古賀啓靖監督が登壇した。
古賀監督は2年もの歳月をかけ、本作をほぼひとりで作り上げた。永里監督同様、その背景にはコロナ禍という状況があった。「大学では実写作品を撮っていたのですが、コロナという状況のなか、それでも作品制作を行いたいということで、独学でCGを学び、全部自分でやってみました」。制作期間が2年と長期に及ぶなか、大変だったのはスケジューリングとモチベーションを保つことだったという。「最初から卒業までに完成させることは決めていました。学園祭で予告編を作って、メイキング本を作ってなど、ステップを自分のなかで用意して、ここまで自分ができたんだと満足させていきました」
本映画祭がワールド・プレミアとなるなか、今後どのように作品を見てもらいたいのかという会場からの質問には「日本の風景であったり、そもそもホワイトデーがアジア圏外ではあまりない文化であったりするので、どういうふうに捉えてもらえるかが楽しみです。主人公の心の動き方もいろいろな人が共感できるところだと思います。また、お菓子作りの用語に気を配っているので、そこを意識してみてもらえたらもっと深く楽しめるかと思います」と細部へのこだわりとともに、作品の広がりに期待を寄せた。
『ミミック』は、宝くじを当てて大金を手に入れたものの虚無感を募らせていくホームレスの男の苦悩を追った社会派ドラマ。宝くじで大金を手にしたホームレスの男が、支援団体の手を借りて人生の立て直しを図るも、空虚な気持ちを満たすことができない。自分にとって何が幸せかを描けず苦悩する男がとった決断とは。Q&Aでは高濱章裕監督と、ホームレスを演じた沖田裕樹が登壇した。
短編制作のきっかけは、高濱監督が最寄り駅の改札でホームレスを見かけたことだったという。「人に土下座して何かを乞う姿を見たときに、それが意味することを考え始めました。自分は土下座こそしませんが、人に何かを乞いながら生きています。土下座というアクションを通して、その人が何を必要としているのか、何が一番必要なのかを描きたいと思いました。見てくださった人にはそういったところを感じてもらえればと思います」
ホームレスの男、森本は当初別の俳優がキャスティングされていた。しかし、音信不通となったため、急遽脚本を修正し、沖田が演じることになった。それを受け沖田は「ホームレス役は初めてでした。最初は雑誌を買いに来るサラリーマンの役で応募したんですが、(オファーを受けて)ホームレス役か……、うーんと悩みました。この直後に撮った作品もホームレス役で、そんなこともあるのかと。で、そういうことかと思いました(笑)」と役柄の偶然の繋がりに運命を感じた様子。
高濱監督は最後に「自分ひとりではできあがらない作品ができあがりました。カメラの前に立ってくれているキャストさんと、後ろに立ってくれているスタッフさんがいることを考えたときに、一人でも多くの人に届けなくてはならない責任を感じました。さらに多くの人に届けられるように責任を持って宣伝していきたい」と決意を表明した。
『短編①』の次回上映は7月21日(金)17時から映像ホールで行われ、ゲストによるQ&Aも予定されている。オンライン配信は7月22日(土)10時から7月26日(水)23時まで。