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【デイリーニュース】vol.18『イリーナ』 ステファン・キタノフ プロデューサー Q&A

困窮に立ち向かう彼女が見出した家族の希望

イリーナ』のステファン・キタノフ プロデューサー

 

女性監督のノミネート作品が目立つ今年の国際コンペティション部門だが、困窮の中の家族の希望を描いたブルガリア発の『イリーナ』もその一つ。本作が長編初監督となるナデジダ・コセバは、これまで短編をベルリン、サラエボなど世界各国の映画祭で上映、サンダンス映画祭ではスペシャル・メンションを受賞した実績を持つ。さらに2017年の東京国際映画祭では、コンペティション部門出品作『シップ・イン・ア・ルーム』(17)のプロデューサーを務めるなど、その才能は多岐に渡る。

 

上映後のQ&Aには、プロデューサーのステファン・キタノフさんがダンディな帽子をかぶって登壇。カンヌをはじめ、参加した映画祭の合間にショッピングを楽しんでいるそうだが、今日の帽子は浦和で見つけたもの。今、一番のお気に入りだと言う。「キタノフという名前もキタノに聞こえて、日本人みたいでしょ?」と日本を楽しんでいる様子に、会場も和んだ。そんな親しみやすい人柄からか、質問も途切れることなく、次々と手が挙がる。

ブルガリアの寒村に暮らすイリーナ(マルティナ・アポストロバ)は、料理を盗んでいたことがばれて、勤めていたレストランを解雇される。店長に毒づき家に戻ると、夫は姉と浮気中。しかもその直後に夫は深刻な事故に遭い、困窮した彼女は金策のため代理母の申し出を引き受ける。苦境に立たされながらも夫と幼い息子を守るため、強く逞しく生きるイリーナ。『イリーナ』は、そんな彼女の姿を骨太に描く。

 

関心が高かったのはやはりヒロイン、イリーナを演じた女優のキャスティング。にこりともしないふてぶてしい態度、容赦なくぶつけてくるストレートな感情と平手打ち、諦めに似た苛立ちなど、マルティナの演技は圧巻だった。どんな女優なのか当然知りたい。「実はこの作品が映画初出演なんです」というキタノフさんの答えに、会場がどよめいた。

「複雑な役柄ですし、作品をリードしなければならない。新人を使うのはリスクがありましたが、本当に才能豊かな女優さんで、国内はもちろん、ドイツ、香港、イランなど6つの映画祭で主演女優賞を受賞しました」

 

本作が製作された背景も気になるところだ。

「本作は、欧州との合作ではなく、ブルガリアのみで製作したローバジェット作品で、ブルガリア国立映画センターの協力を得ています。長年温めてきた企画で、足掛け6年(再び、どよめき)。女性を描いた作品ではありますが、フェミニスト映画でも、今の映画でも、実話でも、時代の潮流を描こうとした作品でもありません。監督が映したかった想いですね」

 

コセバ監督は「子どもを身ごもり、生命をこの世に生み出すことは、すべての女性の人生にとって大きな節目となります。新しい命をこの世に送り出すことによって、世界を新発見するというパーソナルで女性的(フェミニスト的な意味ではなく)なストーリー」とメッセージを寄せている。陰惨で希望のない貧しい生活をおくるイリーナに、子どもを産む環境として与えられた、モダンで洗練された大都市ソフィアの高級マンション。代理母と特殊な立場ながら、妊娠・出産を通して心は複雑に揺れ動く、イリーナがたどり着いた心の拠り所とは……。

 

質問は、あまり知られていないブルガリアの生活について――貧富の差が大きい社会、村と都会の生活格差、職業についてなど、多岐にわたった。イリーナが暮らしている村は首都ソフィアから約30キロメートル、品川駅と浦和駅くらいの距離だと言う。

「イリーナが住んでいるのは、もともとは炭鉱の町。イリーナの夫はかつて炭鉱で働いていました。イリーナの家の庭先にも炭鉱があって、違法と知りながら暖をとるための石炭を取りに行く。彼らの道徳倫理感は、私がブルガリアで配給を手掛けた是枝(裕和)監督の『万引き家族』の家族と近いかもしれません」

 

ラストショット、イリーナのなんとも言えない表情が胸を打つ。彼女が手にした希望。監督が描きたかった彼女の想いは、ぜひスクリーンで。

 

イリーナ』は、7月20日(土)17時から多目的ホールで上映され、ゲストによるQ&Aも予定されている。