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【デイリーニュース】 vol.06 『殺し屋狂騒曲』レヴォン・ミナスィアン監督 Q&A
音楽とともに描かれる善と悪のクライム・コメディ
『殺し屋狂騒曲』 レヴォン・ミナスィアン監督
映画祭2日目、長編部門国際コンペティション作品3本目の上映は、アルメニア発のクライム・コメディ『殺し屋狂騒曲』だ。ごく普通の音楽家の青年が、ひょんなことから犯罪に巻き込まれていく様子をスタイリッシュな映像で描く。本上映がアジアン・プレミアとなったレヴォン・ミナスィアン監督が上映後に登壇し、Q&Aを行った。
主人公のアリクは、著名なオーケストラの指揮者だった祖父の楽団で演奏するクラリネット奏者。ある出来事をきっかけに、楽団存続のための金策に奔走する。ある日、拾った携帯にかかってきた電話の声に従うと、そこには札束と銃の入った紙袋が。金が必要なアリクは携帯に入る指示に従っていくのだが……。
本映画祭では初ノミネートとなるアルメニア映画。日本ではあまりニュースになることのないアルメニアという国について、映画から垣間見えるお国事情に関する質問が多くあがった。
まずは言語について、観客から、アリクの前に現れる謎の女性ララの言葉はロシア語ではとの指摘があった。「確かに、この映画にはアルメニア語とロシア語の2つの言語が出てきます」とミナスィアン監督。アルメニアの人は、基本的にこの2カ国語のバイリンガルとのこと。「実はララ役のマリア・アフメトジャノワさんはロシアの女優なので、彼女の登場シーンはすべてロシア語。ララ役には特定のイメージを持っていたのですが、小さなアルメニアの国内では合う女優を見つけることができなかった。グルジアやウクライナなどを探してまわり、最後にモスクワでマリアに会うことができました」
劇中登場する悪役は、揃ってみんな太っている。その意図について聞かれると、「この映画はおとぎ話。その中でメタファーとして善と悪を対比している」と説明し、こう続けた。「私にとって善というのは、例えばクラシック音楽や若者、才能あるミュージシャンといった美しいイメージ。反対に悪というのは、旧ソビエト時代のメンタリティや考え方であり、私の中では、太っているとか醜いといったイメージなんです」
「退役軍人協会の会長」という肩書きを持つララの父親が、マフィアの親玉のような描かれ方をしているのも印象的だ。「これもやはりカリカチュール(風刺画)だ」と監督は語る。「ソビエト連邦崩壊後、アルメニアのまわりでは戦争が多く、特にアルメニアと隣国アゼルバイジャンとの間で残酷な戦争が続きました。愛国精神をもって命を捧げている軍人もたくさんいる一方で、戦争のおかげでリッチになった人たちもいます。この映画の場合は退役軍人協会会長の彼を、腐敗していて、富を成し、太っているという風に描いたのです」
殺人事件は、いつもオーケストラの演奏中に起こる。音楽が本作のもう一つの主役だ。アリクが属するクラシック楽団は経営難に直面しているのに対し、「ラビズ(Rabiz)に転向した人々は成功している」というセリフが登場する。この民族音楽ラビズについて監督は、「テイストの悪い音楽」と一刀両断。「ラビズというのはトルコの影響を受けた音楽。私たちの国はキリスト教国ですが、トルコはイスラム教国。ラビズというのはムスリムたちからきている。アルメニアの人々は、まるでファストフードのように簡単にできるこのラビズを嫌悪しており、クラシック音楽にとって危険な存在であると思っています」
冒頭の挨拶で「日本はミステリアス」と語った初来日のミナスィアン監督。日本人にとって同じくミステリアスな国アルメニアから来た『殺し屋狂騒曲』は、知的好奇心を刺激してくれる一本だ。次回の上映は、7月19日(水)の11時から多目的ホールで行われる。