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【インタビュー】国内コンペティション『キュクロプス』大庭功睦監督
『キュクロプス』
大庭功睦監督インタビュー
――今回の作品についてお伺いする前に、前作の初長編監督作品『ノラ』を発表したのが2010年のこと。自主制作で発表し、染谷将太さんを主演に迎えた同作は、国内の映画祭で数々の賞に輝きました。それからここまで、ちょっとブランクが出来てしまったと思うのですが?
すぐにでも撮りたいと気持ちはあったんですけど、それを許さない事情がありまして。世知辛い話になってしまうんですけど、行ってしまえば資金が底をついた。『ノラ』を撮り終えたぐらいの頃から税金や年金、奨学金の取り立てが厳しくなりまして。情けない話ですが、300万近く負債があったので、それをコツコツ返してたら全く撮影の資金が貯まらなかった。僕がもっと頭がよくて世渡り上手ならば、なんかやりようがあったと思うんですけど、不器用なのでコツコツと返していくしかなかった。あと、次に作るのならば、自分の欲望に任せて作るよりも、もっと見てくださる人を意識した作品を目指したいなと。それで仕事に勤しむ傍ら、企画を考えたりシナリオやプロットを書いたりしていたら、いつの間にか時間だけがたって、あれよあれよと8年近く間が空いてしまった感じです。
――いま、次にやるのであればとおっしゃいましたが、なにか前作では未消化に終わったところがあったと?
もちろん、その時の全部は出し切ったと思うんですけどね。ただ、内容面に関して言えば、映画を作ることに自分自身が高を括っていたというか、ナメてたところがあったと思います。簡単なことを言えば、こう撮っておけば、必ずこういう風に伝わるだろうみたいな。自分の中で勝手に判断して、あまり深く考えずに思い込んでしまったところがあった。作品や受け手の性格によって千差万別だとは思いますが、実際、周りの反応をみて、自分が思っていたよりも思いのほか伝わっていないことが多くて、愕然としたというか。自分の未熟さであるとおもうんですけど、見てくれた方に届いていない。映像を通して伝えることをもっと踏み込んで考えないといけないと思いました。
あと、『ノラ』は、少年のロスト・イノセンスを描いた作品で。自分探しや自身のアイデンティティーの所在といった内向きなテーマで。それだけにストレートに内向的な映画にしてしまったんですけど、そういった内容でももっと外に開かれた形にすることも可能だったんじゃないかと思ったところもありました。もうひとつ言えば、自分が撮りたいものを撮ったんですけど、それは=撮りやすいものに実は逃げてしまったんじゃないかと。そういったことが次々と頭に浮かんできたんですね。だから、次はもっと開かれた内容で、見てくれた方にしっかりと届くものにしたい思いに至りました。
――それで今回の『キュクロプス』へ取り掛かった。
試行錯誤する中で、納得できるシナリオがようやく完成したので取り組むことを決めました。
――確かにこのストーリーは、よく練りこんだ爪痕が十分に感じられます。主人公の篠原は妻とその愛人を殺害した罪で14年の刑に服す。ただ、それは濡れ衣を着せられてのもの。事件を担当した刑事から出所直前に、実は犯人がヤクザの財前と知らされた篠原は、自分を罠にはめたこの男への復讐を誓う。ところが、その復讐劇が思わぬ方向へ進み、二転三転、二重三重の罠が仕掛けられていて予断を許しません。でも、その張り巡らされた伏線が最後にきちんと点から線になって話が集結します。
まずは、ほんとうにパッと思い浮かんだビジュアルがあったんです。劇中にある池内(万作)さんが演じる篠原が、堤防で奥さんの亡霊に遭遇するシーン。これが理由はわからないけど、とにかく浮かんだ。本編では泣いてないんですけど、このときは篠原が泣いているクリップが浮かんで、この人を話に書いてみたいなと。そこからどんどん話を膨らませて、あとはフィルム・ノワールやスリラーが好きなので、そういったジャンルの要素を当てはめていった。
あとは常日頃、気になっていた今の時代を盛り込もうと。例えばいま、SNSやインターネットで情報が溢れている。どんな情報も手軽に手に入れることが可能だけれど、それが真実か虚偽か判断するのは難しい。一度思い込んでしまうと、なかなかそのことを正すことができない。それは自分を律することがなかなかできないことでもあると思うんです。自分を中心にしたとき、あまたある情報とどう付き合いながら、なにを自分の信条や根本に据えるのかものすごく難しい。いろいろな考え方がある中で、自分が生きていく上でなにを大切にしていくのかが難しい。篠原は14年間刑務所に入っていて、出た途端にいろいろな情報に触れる。世間知らずで情報に馴れていないから、他人が怪しむようなものでも無条件に信じてしまうところがある。そうなることで右往左往する姿が、意外と現代を生きる我々とも重なるような気がしたんですよね。
――緻密な構成で成り立っているサスペンスで。このシーンでは、ここまで謎を明かして、次はここまで明かす、といったような演技の出し入れが役者さんには求められたと思います。難役だと思うのですが、池内万作がすべて引き受けてますね。
篠原は犯罪者でありながら、一貫した自己規律を持ち合わせている男。シャイでありながら野蛮でもあり、矛盾した存在ですが、それ故に、人間として無視できない危うい魅力がある。そんな人物を求めていました。『ディア・ハンター』のクリストファー・ウォーケンのような。屈託のない笑顔をみせながら、どこか狂気が宿っている人物。そう考えた時、真っ先に頭に浮かんだのが池内さんでした。いろいろな作品でみるたびに、すべての表情が滋味深いというか(笑)。味わい深い。それでコネをフル活用して、脚本を読んでご了承いただきました。ほんとうに引き受けてくださって感謝しています。
――撮影はどれぐらいで?
10日間です。予算も時間も余裕はないですから、できる限りそぎ落として。結局、脚本も最終的には20ページぐらい削ったと思います。でも、それが結果的によかった。1ページで考えていた表現を半分にしたことで、シーンの密度が濃くなったりして。創意工夫をいろが映画に強度を与えたてくれた気がします。
――自主映画はロケ場所を間違うとすごく安っぽくみえてしまうんですけど、『キュクロプス』はそれがない。バーとか刑務所といった場所が、すごくらしくみえてきちっとしていると感じました。
そこはかなり気にかけましたね。お金がない中で、ロケーションに関してはこだわりました。役者さんの演技ものってくるしかるべき場所でないと、やはりいいものにはならない。ロケーションが良く見えるのは、画の切り取り方やライティング、飾りなど含めたスタッフの努力の賜物です。あのバーもほんとうに自分が当初思い描いたこんな感じのショットを撮りたいと考えていたところとぴったりだった。刑務所は苦肉の策で(笑)。白壁とライティングとフレーミングで乗り切った感じですね。
――あのバーはいいですね。こんなところにこんな場所がといった具合で、どこか異次元へ誘われる。
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映されたとき、お客さんから「あんな田舎に、あんなおしゃれなバーがあるはずない」といわれたんですけどね(苦笑)。僕としては、片田舎の味気ない世界がある中にある夢のようなロマンを感じさせる場所というか。『2001年宇宙の旅』のモノリスのような「そこにあってはならない」感じが出る感じが出る場所にしたいなと。
――でも、ああいう店が地方にいくとけっこうある(笑)。なにか危ういんだけど、ちょっと吸い寄せられるような。あの店に篠原が罠が仕掛けられているのに行くのはすごく納得がいく。
僕も最初にシナリオ書いているときは、あの場面はどう考えてもいかないよなぁと思ったんです。でも、なぜか行くんです、篠原は。その説得力をあの外観に持たせられたとしたら、嬉しいです。
――このバーが出てきた瞬間からフィルム・ノワール的になって、犯罪の匂いがしてくるんです。また、犬の登場がいいんですよね。これもノワール的で。
犬は篠原の心の救いにもとれるし、彼の化身にもみえる。篠原の心が解放された象徴にも映る。人間相手だと決して出ない篠原のピュアな部分を引き出す相手でもある。また、篠原の最期を予期しているような存在でもありますね。
――どういう映画をみてきて、影響をうけてきたのか少しお話しいただければと。
映画は昔から好きで、犯罪映画とか、世の中の裏側をみたような気がしてウキウキしてみていました。高校生のとき、たまたまレンタルショップで観たコーエン兄弟の『バートン・フィンク』のパッケージに吸い寄せられまして(笑)。それまでいろいろみてきたけど、その自分の中に築かれていた映画の固定観念のようなものが一気にすべて壊された。同時期にクリント・イーストウッドの『許されざる者』を見て、こんなカタルシスなどなにもない、救いもない作品映画がアカデミー賞を獲るんだと衝撃を受けました。ほかに『時計仕掛けのオレンジ』や『気狂いピエロ』などを見て、映画のもつ闇に触れたというか。生きているのは美しいことばかりじゃなく、醜いこともある。その醜いことの中にもピュアで汚れのないものが時にはあることを知った。いろいろなことを映画は教えてくれました。
――それでこの道に進もうと?
そうですね。映画関連の仕事をと漠然と考えていたんですけど、大学の就職活動では見つかりませんでした。さてどうしようかとなったんですけど、日本映画学校、今の日本映画大学に進むことにして、ほんとうにまじめに3年間通って、映画を学びました。それで将来監督になることを見据えながら、学校経由で助監督の仕事を紹介していただいて映画の現場に入っていきました。
――『容疑者Xの献身』や『昼顔』といった話題作の助監督を務めています。
ただ、真面目に助監督をやっていても、いまは撮影システムもありませんから、監督のチャンスがめぐってくるわけではない。それで、自分から発信していかないと思い、作ったのが『ノロ』でした。そしてちょっと間が空いてしまいましたけど、ようやく完成した監督第2作が『キュクロプス』です。
――すでにゆうばり国際ファンタスティック映画祭にて、北海道知事賞と批評家賞をW受賞しています。今回のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭はどんな場にしたいですか?
SKIPシティの映画祭は、昔から、きちんと一般のお客さんに向けた映画が選ばれている印象が僕の中にはあります。ゆうばりは、ジャンルに特化した映画祭なので、受賞した歓びの傍ら、『キュクロプス』もジャンルで括られてしまうのかな、と案じていたところでの入選だったので、嬉しかったです。それだけに、普段は『キュクロプス』のようなノワール・スリラーに興味のない方にも、これを機会にご覧いただき、ご意見をいただければうれしいです。
(取材・文・写真:水上賢治)